温   泉   記

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石川県

ちょっと用事があって石川県の能登半島に行ってきた。とても寂しい街だ。寂しさを味わいたければ奥能登に行けと言いたい。傷心旅行で寒々とした日本海を感じに行けと言いたい。そしてとことん落ちて帰って来い。まずは腹ごしらえだ。奥能登にまったく関係のない「から揚げ定食」を注文するところがなんとも奥能登。ご飯屋もほとんどない。
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見附島はパンフレットで見たことがあるが実際に行ったのは初めて。写真を撮ってきた。
引潮の場合、写真のように島まで歩いて行くことができる。
見付島(みつけじま)とは、石川県珠洲市にある無人島である。その姿から、別名軍艦島とも言う。空海が佐渡島からやってきて最初に見付たところから見付島と命名されたとする地名伝承がある。長さ約150m、幅約50m、標高約30mの小島で、珠洲市の特産物である七輪の原材料として知られる珪藻土で出来ている。能登半島国定公園の景勝地として知られ多くの観光客を集める。
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近くに恋路海岸という浜があった。社もあったのだが海の中にあるので厳島を思い出した。近くに今は廃線になった駅がある。恋路駅(こいじえき)は石川県鳳珠郡能登町九里川尻にあった、のと鉄道能登線の駅。2005年(平成17年)、能登線の廃止により廃駅となった。駅名の縁起がよいため記念入場券なども発行された。
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現在使っているカメラを購入した当時も奥能登に訪れている。その時は、ある倉庫に古いマネキンが置いてあり、マネキンに対して生きているわけでもないのに、いつまでここにいるのだろう?と思った記憶がある。
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by hidetatu32jp | 2007-01-20 21:32 | Comments(0)

一月十四日 左義長

全国的に知られている行事だとは思うが、田舎のほうでは町内ごとに左義長(さぎちょう)という行事を行っている。田んぼが多く、高い建物もないので地区ごとに左義長をするとあちこちで火柱がたつことになる。夜に火をつけるので余計に目立つ。都会のほうではだいぶ昔に家事の危険性があるということで禁止になった。日本庶民の代表的行事だと思われるが、一体左義長とはどういう意味の上で行われているのか?
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左義長(さぎちょう)とは、小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる(後述)。日本全国で広く見られる習俗だが、東京では江戸時代に火災予防のために禁止されて以降廃れた。

1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を三四本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。 道祖神の祭りとされる地域が多い。 民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたのち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。

起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。小正月(正月十五日)、平安時代の宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり、その年の吉凶などを占ったとされる。毬杖(ぎっちょう)三本を結ぶことから三毬杖(さぎちょう)と呼ばれた。 これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。どうして現在一般的な「左義長」という字があてられたのは、不明である。

どんど、どんど焼き、とんど(歳徳)焼き、どんと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。

子どもの祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子どもが行う。またそれは、小学校などでの子ども会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。地方によって焼かれるものの違いがある。

だるまを焼くかどうか
1縁起物を祭りで焼く事により、それを天にかえす
2目がつぶれるとされ、祭りでは一切焼かない
3だるまそのものが登場しない
また、実施しない地域でも、ある特定の日にお札を焼く行事を執り行う地域がある(12月29日など)。最近はダイオキシン問題で取りやめているケースもある。


補足
国民の祝日の成人の日が1月15日から1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、地域によっては左義長を1月の第2日曜日または第2月曜日に実施するところもある。滋賀県近江八幡市の左義長まつりは3月の中頃に男性が女装し「チョウヤレ、マッセマッセ」のかけ声のかけ実施される。


様々な呼ばれ方
おんべ焼き(単におんべとも)
さいと焼き
御柴灯(おさいとう)
さぎっちょ
三九郎(さんくろう)
長野県松本地方の呼称。だるまは一番目立つ頂上付近に飾り付ける。旧来は1月15日に行われていたが、最近は学校の休みに合わせ、1月7日頃行われるところが多い。「繭玉」と呼ばれる米の粉で作った団子を柳の枝に刺して焼いたものを食べ、無病息災の祈願をする。
墨付けとんど
島根県松江市美保関町片江地区で行われる行事。1月7日に行われる。神輿が練り歩き、参加者や見物人の顔に墨を塗る。稀な例。
墨塗り
新潟県十日町市松之山町の行事。焼きを行った後の行事の名前から。稀な例。焼く対象を「賽の神」と呼ぶ。
とんど焼き
どんと
どんと祭 (どんとさい)
仙台で行われるものの呼称。1月14日夜に正月飾りを焼き、その火にあたると病気をせず健康で暮らせるといわれる。餅を焼くということはなく、だるまは登場しない。子供の祭りともされない。また、特に書初めを焼くということもない。
場所の確保等の問題で年々少なくなりつつはあるものの、各地域ごとの神社で行われてきた。中でも大崎八幡宮のものは20万人以上が訪れるというもっとも盛大なものである。裸参りと称し、男衆がふんどし姿で練り歩く行事も行われる。この裸参りには、女性の参加も増えている。(女性はさらしを巻く)
大崎八幡宮どんと祭
どんどや(九州)
どんど焼き
どんどん焼き
ほっけんぎょう(九州/福岡)
やははいろ(東北)
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by hidetatu32jp | 2007-01-14 22:06 | Comments(0)

伝説のケーキⅡ

久しぶりに買ってきました。一個450円の苺のタルトです。とあるホテルのケーキ屋に買いに行ったのですが、どこかの会社の新年会でホテルは混んでいました。
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by hidetatu32jp | 2007-01-06 21:30 | Comments(0)

神社について

新年が明けると同時にカメラを持って家を出て、高瀬神社に向かいました。由緒ある神社で結婚式などもよくしています。初詣として高瀬神社に行くのは初めてです。※正一位に列されたこともあるらしいです。現在、日本では神棚がありながら他の宗教も信仰しているという家が多く存在していると思われますが、僕が思うに宗教は明らかに外国から伝来したのに比べ、日本古来から存在していたのが日本の神(神話の世界につながっていて現実なのかは分からないが)ということになる。そう考えると神を宗教と捉えるというよりも日本の文化として捉えれば説明ができるような気がする。だから仏教などの宗教とは最初から土俵が違うと思える。だから日本では一家に仏壇と神棚が両方あることが多いのではないだろうか。

※正一位(しょういちい)は、位階及び神階のひとつ。位階の最高位に位し、従一位の上にあたる。関白や太政大臣、或いは征夷大将軍として功労をなした者その他、国家に対する偉勲著しい者に対して特に正一位が贈られ、事実上、ほとんど贈位に用いられた。今日も位階令の定めるところにより、位階のひとつとして規定されているが、戦後においては三権の長ですら、最高位を従一位としており、ほとんど叙位の例をみない。神階は原則として格下げられることがなく、また、いつか寿命がくる人と違い神には寿命がないので、年を経るごとに多くの神社が「正一位」となってしまった。本来神階は神社に対して授けられるもので分祀先には引き継がれないが、律令制の崩解とともに分祀先でも元の神階を名乗るようになった。特に、稲荷神の総本社である伏見稲荷大社が正一位であることから、そこから勧請を受けた全国の稲荷神社も正一位を名乗っており、「正一位」は稲荷神の異称のようになっている。


写真はクリックすると大きく見えます。
神社の近くまで車で行き、百メートルくらいは徒歩だったが、数百メートル前から提灯が道しるべとなる。
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午前二時過ぎに行ったのですが放射冷却でとても冷え込んで「けあらし」が起こっていました。
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境内の提灯
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御社殿
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鳥居の内側
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日本全国に多くの神社があり、いろんな言い伝えが残されている。神社を知るのは日本の文化を知るに等しいと言える。それは自分の先祖を知ることになる。
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by hidetatu32jp | 2007-01-02 22:10 | Comments(0)